>> first.
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from 「Scar of Doll」.



ある「    」の話。



その少女は病んでいました。

母親が名を呼ぶと泣き出し、父親が名を呼べば
怯えるように泣き叫びました。


彼女には名前がありました。

だけど、その名を呼ぶと彼女が泣き出すので、
少女が10歳になる頃には、誰もその名を口にすることは無くなったのです。


…年頃になった彼女は、口を閉ざし瞳に何も映さなくなった。

毎日を、灯りを消した部屋で過ごすので誰も寄りつかなくなりました。


少女の様子を嘆いた両親は、小さな「    」をプレゼントしたのです。



少女はこのプレゼントを素直に喜びました。
――― 「    」を抱きしめて。


毎日

毎日

壊れた詩を。



「    」に詠い聴かせて。











>> Second.
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from 「Scar of Doll」.


――僕が覚えていた彼女の全て。



初めて見た彼女は、何を見ているのかわからなかった。


部屋は暗くて、
なのに気配ははっきりとしていて、
…どこか壊れているような。
虚ろな瞳に映るものは。


その時の僕は、
きっと彼女も僕の存在を喜んでくれるだろうと思っていたから。
――彼女は僕をヘイディと呼んだ。


彼女の周りはいつも静かだ。

あぁ、とても静か。
たまにヘイディ、と呼ぶ声がするけれど、それは僕を呼ぶ声ではなかったと思う。


…彼女は、自身の名を僕に付けたのか。


あぁ、泣かないで。
僕が側にいるよ。
僕を抱いてちょうだい。
君の詩を聞いてあげる。

この身体がボロボロになっても、
綿がはみ出しても、
君に片目をえぐりだされても、

ぼくはそばにいる。











>> Last moment.
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from 「Scar of Doll」.



――――― はぁ   はぁ、はぁ




私は走った。走った。走った。
――自分が望まれない子だと知ったその時に。

腕に小さなぬいぐるみを抱えて。
――何年ぶりだろう。こんな風に外に出るのは

時折、木々に引っかかる髪が、鬱陶しい。
――腰まで伸びた、自慢の髪なのに。




「…誰も、私を 愛していない…」


―――気づいた両親が私を止めるには遅く。

私は、屋敷を飛び出したのだ




・・・あぁ、どうして、

私は 此処に存在しているのだろう?



「ヘイディ、ねぇ…ヘイディ
…私も…………“にんぎょう”になりたいな…」
抱きしめていたぬいぐるみに語りかける。
それは私の、たった一人の友達で、親友なのだ。


「そうすればきっともう…
辛くなったり、悲しくなったり、痛くなったりはしないよね……」



その時、遠くから響き渡る声を私は聞いた。
…私の時間は、屋敷を飛び出した時点で既に零れ落ち始めていたのだ。


―不意に視界が開けて私は足を止める。
霧の深まったそこは、確か昔は湖だったと、記憶の片隅にあった。
…多分今も湖のはずだけど。

あぁ、ここで行き止まってしまうなら。
自ら飛び込んでしまおうか。


“にんぎょうになれたら”―――


先ほどの願いが、脳裏に蘇る。
…それは急に現実味を帯びて―――




―― ばしゃん』



「ねぇヘイディ、私の名前をあげる。
だから私は変わるわ。
遅いかもしれないけれど。

これが、今の私の最後の願い。


私の新しい名前は――― メリーよ」







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...To be “Scar of Doll”