君の胃袋は俺だけのもの 学校帰りにスーパーに寄る様になった。 以前は、料理の事なんて大して興味も無いし上手くも無いし、これからだって自発的に調理器具を手に取る事などないと思っていたのに。 野菜が陳列されたコーナーを眺め、タクミは呟く。 「今夜は……、…じゃあ、これで」 カゴを左手に持ち替え、右手でよさそうなのを探す。今夜はキャベツを使ったスープにしよう。 煮てもシャキシャキとした歯応えのあるキャベツであれば、あの人も喜んでくれるだろうと考える。 そうして全てを平らげた後に、今日も美味しかったよ、ありがとう、と満足気に笑うのだ。 どうやって作ったの!?うちにある物でもこんな味の物作れるんだ、と興奮してやや食い気味に語り掛けてくる、 今は見慣れたその姿が脳裏に浮かぶと、自然と笑みが零れた。 あの日の夜、ボロ雑巾の様に汚い姿で道路横にうずくまっていた自分を助けてくれた、あの人の心配そうな顔が頭から離れない。 名前すらも知らない自分を、ただ「怪我をしているから」と自宅に招き入れ、手当てをしてくれた、優しい人のこと。 傷を手当されている間に、タクミは横目で辺りを見渡した。家電は少なく、あまり物の多くない部屋。 家に帰ったら夕飯にするつもりで居たのだろうこの人が持っていた、買い物袋から見え隠れしていたのは、カップラーメン等のインスタント食品だった。 食に頓着が無いタクミでも、それがあまりに簡素で偏りが過ぎる食生活なのだと判った。 「俺、アンタに礼がしたい」 それからだ。 この人の為に食事を作る様になったのは。 普段は遠巻きにして学習目的ですら入った事の無い図書室へ、足繁く通っては、料理の本を借りて必死にあらゆる事を覚えた。 最初から良い物を作るのは凄く大変だと知ったので、定番料理から作る事を覚えた。 死ぬ程だるかったが、包丁の使い方や火の扱い、コンロの使い方も覚えた。 覚えれば覚える程、料理のクオリティが上がり、出来た物をあの人が食べ、美味しそうに食べてくれる。 こんなに自分の所業が認められて嬉しい事があっただろうか。 「怪我をしているから放っておけない」とただそれだけの理由で見知らぬ自分へと向けられた、純粋な優しさを持った、この人の優しさに応えたかった。 向けられた優しさを返したかっただけなのに、惹かれた。 飯を作って、食べてもらうだけのこの関係に、いつまでも、溺れていたくなってしまった。 だが、自分はどうしたって子供だし、この人が自分の好意に気づいてしまえば、このままで居られなくなる。 優しさを向けてくれたその顔を、俺の下心のせいで、優しさ以外の感情で歪める事は、あってはならない。それはきっと、あの時介抱してくれたこの人への裏切りだ。 それなら―― 「ユーザのご飯。俺、これからも作るからさ、その分、駄賃ちょーだい?」 「俺は小遣いが貰えて、アンタは飯を作らなくて良い。それで良くない?」 そういうことにした。           /エンカレッジボーイ