暖かい場所
久しぶりに、いや、少し前に一度だけ、帰って来た。
今はまた、違う意味で急ぐように帰ってきたけれど―――。
僕たちの家は、ここを発った時に焼いたんだ。
それなのに。それなのに。
「おまえ・・・・一体、誰だ?」
もう無いはずの家の跡を。消させまい、と言うように、水色の何かで覆って。
それを静かに見つめる少女。
「おかえり、エドワード君、アルフォンス君。」
少女は、微笑んだ。
その存在に気づいたのは数時間前のことだった。
リゼンブ−ルまで、走って、走って、走っていた、その途中。
ふわ、と何かが二人の横を掠めた。
「・・・女、の子・・・?」
何の気なしにアルが振り向くと、そこには。
・・くすくす。くすくす。きゃははっ。
『やっと・・きてくれたんだね・・・』
「っ!?」
麦藁帽子を深めにかぶった少女。だけど、その容姿はみるからに幼くて・・・
『早く来てよぅ、待ってるのに。』
ふいに少女はそう言って、エド達とはほぼ反対方向に駆け出した。
「あっ、まってっ!」
「アルっ、何処に行こうと―――」
「兄さんちょっとまってて!!」
二人は、少女を追いかけて駆け出した。
「だってあの子、僕たちの・・・家の方角に・・・!」
どれ位走っただろう。
気が付くと、女の子なんていなくなってた。
「なんだよ―――はぁはぁ―――女の子なんて―――いない―――」
「本当だよ、さっきまで、本当に、だって兄さんより小さかったよ、?」
「オレより?」
はっ――――――
その時、僕の視界に―――多分兄さんも見たはず―――白いものが舞い込んできた。
―――それは、僕がさっきみた女の子の、服。
もっとよく見ようとした、その先には―――彼女がいた。
「あ・・・」
僕が言葉を発するより早く、
「明日の朝も、またここで待ってるね」
彼女はそう言って、足取り軽く暗い道の中に消えていった。
「・・・ちゃんと家に帰れよー!」
ほんの少しの兄さんの、(多分)気遣いの叫びだった。
* * * * * * *
朝。
昨日の夜のうちに、僕達はウインリィとピナコばっちゃんの所に転がり込んだ。
その時の兄さんは、すっかりあの女の子の事なんか忘れてしまっていただろうけれど、
何故か僕は彼女の言葉を忘れられなかった・・・。
追われているとわかっていながら、好奇心を抑えられなかった。
横で心地よさそうに眠っている兄さんを一瞥してから、
「・・・兄さん、ごめん。ちょっと行ってくるよ」
呟いて、出来るだけ静かにその場を離れた。
風。昨日と同じように風が吹いている。
「おはよう」
かつての家の跡まで行くと、そこにまた彼女は居た。
「おはよう、アルフォンス君」
笑顔、だった。
「ここが、誰の家か、知ってる?」
「うん、知ってる」
彼女は微笑んで、「アルフォンス君とお兄さんの家でしょ」と言った。
「・・・アルでいいよ。」
自然と、そんな言葉がこぼれ落ちた。
「うん、分かった、アル君。」
腰を下ろすように、家跡に座り込むと、彼女もその隣に座って、語りだした―――
―――それが日常であったかのように。
* * * * * * *
「ここは、アル君達の家だったのよね。」
「ねぇ・・君は何で、僕たちのことを―――」
「ファリー」
「え」
「ファリー。あたしの名前。ファリーって・・・呼んで」
「あっ、あぁ・・・うん、わかった・・ファリーは、何で僕たちを知ってるの?」
にっこり笑って彼女は言う。
「知ってるも何も、貴方達は有名でしょう?」
「でも、僕たちの家がない事は・・・普通なら・・・」
「うふふ、そうよね・・・そう」
ファリーは急に立ち上がると、踊るようにくるくると回ったりした。
「あたしね、色んな軍人さんとかと・・・お友達だったりするのよ―――
そこでね、ある人からエドワード君達の話を聞いて、すっごくドキドキしたの。
どんな人だろう、とか」
「あはは・・・/// 僕ら、いい意味でも悪い意味でも、有名だから―――」
「だけどね、あたし思ったの、そんな人の弟は、どんな人なんだろうって」
「え・・僕?」
「うん。ずっとずっと、会いたくて・・・―――そう。」
踊るのを止めて、ひた、とファリーは僕をじっと見つめて顔を赤らめた。
「ずっとずっと待ち続けてたら、アル君を好きになった」
「・・・・・・・・・えっ?」
もし、僕の顔がやかんだったら、
間違いなく水じゃなくてお湯か炎をだすんじゃないかという位・・・驚いた。
僕?
「じょ・・・冗談はやめてよ、僕は、」
「じょおだん・・・なんか、じゃ・・ない、もん」
断言するように、つぶやきが聞こえて。
「冗談じゃなくても・・・・何故!!」
嬉しいのに、それを否定したい思いで、気づくと大声をあげていた。
直後に、彼女の顔があがって、
「どうして!? 好きになるのに理由なんてないよ!」
ファリーの顔は真っ赤で、涙で、ぐしゃぐしゃだった。
「あたしは・・・・・あたしは・・・・・・・ただ、焦がれていたから―――いつか会えることに。
アル君はまた来てくれた!あたしは嬉しかった!姿を見ることも、この姿でいることも!」
「この・・・姿?」
あっ、と顔を赤らめて、彼女は口を塞ぎこんで。
「あ・・・っ―――バレ、ちゃった・・あは、は、は。もう、消えるしかないのかな。」
「ちょっ・・・ちょっと待ってよ!話が、わからないよ・・・」
困惑する。それ以上に悲しい。なんだろう、この気持ちは。
「消える、って何でファリーが消えなくちゃいけないの・・僕が君の想いを否定したから?」
「ちが・・・う。私は、風だから・・・風だから。
だから知ってるの。アル君とお兄さんが人体練成をしたことも、何もかも、全部」
「なん・・・・で」
二人の声がどんどん小さくなっていく。風に流されて、つぶやきはかき消される。
「知れば知るほど興味は沸いて、惹かれていったの。だけど私は何も出来なかった。
それは当たり前で、私はこの世界を流れる風だったから」
「意味がわからないよ・・・」
受け入れたくない言葉だった。わかりたくない。
「だけど、誰かがこの小さな願いを叶えてくれたの―――気持ちを伝えられる、
この生身の身体を。」
「わざわざ人間の姿をしていなくても、気持ちを伝える事はできるよっ!」
「私はできなかったの!だって風は言葉なんて持たないんだから!」
ざざざざーっ!
その声に呼応するかのように突風が沸いて、辺りをざわめかした。
それは―――彼女の叫びなのか。
「だけどね、この身体をもらった瞬間、私は悟ったの。私が・・・人間じゃないってバレたら、
この身体はなくなるって―――」
静かな声だった。―――さらさらさらと、何かが滑り落ちるような音がしていた。
怖くて、ファリーの足元なんて見れなかった。
「まって・・・お願い、まって・・消えちゃいやだよ・・・」
「アル君は優しいよ・・・私がこんな風になってもそんな風に言ってくれるもの・・」
「違う、そんなんじゃないんだ・・好きって言ってもらえて僕は、嬉しいんだ・・」
矛盾した想いの正体。
「僕は・・・僕は!昨日の今日だけれど!
それでも―――それでも、ファリーが好きになってたんだ!
だから、消えちゃ、嫌だよ!」
「あ・・・っ・・・?///」
驚いた顔から―――泣き笑いになって。
「ありがとう・・・・・・・でも私は消える・・・・ごめんね・・・アル君・・
―――でも大丈夫だよ、風ってね、何処にでも傍にいる存在だから」
(好きだから、傍にいるからね、お兄さんと一緒にアル君の傍に―――)
口元を押さえる両手も、すぐにさらさらと滑り落ちて―――笑顔の残骸が、影送りの様に、
それは僕の前から消えた。
「あ・・・」
こんな身体だけど、抱きしめたかった。
―――人間に戻っていたら、風の少女を抱きしめられただろうか。
そんな事を思いながら、僕は黙って、空を見上げた。
冷たいはずの鎧は、何故か少しだけ温かみを感じていた。