暖かい場所

 

久しぶりに、いや、少し前に一度だけ、帰って来た。

今はまた、違う意味で急ぐように帰ってきたけれど―――。

 

僕たちの家は、ここを発った時に焼いたんだ。

それなのに。それなのに。

「おまえ・・・・一体、誰だ?」

もう無いはずの家の跡を。消させまい、と言うように、水色の何かで覆って。

それを静かに見つめる少女。

「おかえり、エドワード君、アルフォンス君。」

少女は、微笑んだ。

 

 

その存在に気づいたのは数時間前のことだった。

リゼンブ−ルまで、走って、走って、走っていた、その途中。

ふわ、と何かが二人の横を掠めた。

「・・・女、の子・・・?」

何の気なしにアルが振り向くと、そこには。

 

・・くすくす。くすくす。きゃははっ。

『やっと・・きてくれたんだね・・・』

「っ!?」

麦藁帽子を深めにかぶった少女。だけど、その容姿はみるからに幼くて・・・

『早く来てよぅ、待ってるのに。』

ふいに少女はそう言って、エド達とはほぼ反対方向に駆け出した。

「あっ、まってっ!」

「アルっ、何処に行こうと―――」

「兄さんちょっとまってて!!」

二人は、少女を追いかけて駆け出した。

「だってあの子、僕たちの・・・家の方角に・・・!」

 

 

どれ位走っただろう。

気が付くと、女の子なんていなくなってた。

「なんだよ―――はぁはぁ―――女の子なんて―――いない―――」

「本当だよ、さっきまで、本当に、だって兄さんより小さかったよ、?」

「オレより?」

はっ――――――

その時、僕の視界に―――多分兄さんも見たはず―――白いものが舞い込んできた。

―――それは、僕がさっきみた女の子の、服。

もっとよく見ようとした、その先には―――彼女がいた。

「あ・・・」

 

僕が言葉を発するより早く、

「明日の朝も、またここで待ってるね」

彼女はそう言って、足取り軽く暗い道の中に消えていった。

「・・・ちゃんと家に帰れよー!」

ほんの少しの兄さんの、(多分)気遣いの叫びだった。

 

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朝。

昨日の夜のうちに、僕達はウインリィとピナコばっちゃんの所に転がり込んだ。

その時の兄さんは、すっかりあの女の子の事なんか忘れてしまっていただろうけれど、

何故か僕は彼女の言葉を忘れられなかった・・・。

追われているとわかっていながら、好奇心を抑えられなかった。

横で心地よさそうに眠っている兄さんを一瞥してから、

「・・・兄さん、ごめん。ちょっと行ってくるよ」

呟いて、出来るだけ静かにその場を離れた。

 

 

 

風。昨日と同じように風が吹いている。

「おはよう」

かつての家の跡まで行くと、そこにまた彼女は居た。

「おはよう、アルフォンス君」

笑顔、だった。

「ここが、誰の家か、知ってる?」

「うん、知ってる」

彼女は微笑んで、「アルフォンス君とお兄さんの家でしょ」と言った。

「・・・アルでいいよ。」

自然と、そんな言葉がこぼれ落ちた。

「うん、分かった、アル君。」

腰を下ろすように、家跡に座り込むと、彼女もその隣に座って、語りだした―――

―――それが日常であったかのように。

 

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「ここは、アル君達の家だったのよね。」

「ねぇ・・君は何で、僕たちのことを―――」

 

「ファリー」

「え」

 

「ファリー。あたしの名前。ファリーって・・・呼んで」

「あっ、あぁ・・・うん、わかった・・ファリーは、何で僕たちを知ってるの?」

にっこり笑って彼女は言う。

「知ってるも何も、貴方達は有名でしょう?」

「でも、僕たちの家がない事は・・・普通なら・・・」

「うふふ、そうよね・・・そう」

 

ファリーは急に立ち上がると、踊るようにくるくると回ったりした。

「あたしね、色んな軍人さんとかと・・・お友達だったりするのよ―――

そこでね、ある人からエドワード君達の話を聞いて、すっごくドキドキしたの。

どんな人だろう、とか」

「あはは・・・/// 僕ら、いい意味でも悪い意味でも、有名だから―――」

「だけどね、あたし思ったの、そんな人の弟は、どんな人なんだろうって」

「え・・僕?」

「うん。ずっとずっと、会いたくて・・・―――そう。」

踊るのを止めて、ひた、とファリーは僕をじっと見つめて顔を赤らめた。

 

「ずっとずっと待ち続けてたら、アル君を好きになった」

「・・・・・・・・・えっ?」

 

もし、僕の顔がやかんだったら、

間違いなく水じゃなくてお湯か炎をだすんじゃないかという位・・・驚いた。

僕?

「じょ・・・冗談はやめてよ、僕は、」

「じょおだん・・・なんか、じゃ・・ない、もん」

断言するように、つぶやきが聞こえて。

「冗談じゃなくても・・・・何故!!」

嬉しいのに、それを否定したい思いで、気づくと大声をあげていた。

直後に、彼女の顔があがって、

「どうして!? 好きになるのに理由なんてないよ!」

ファリーの顔は真っ赤で、涙で、ぐしゃぐしゃだった。

「あたしは・・・・・あたしは・・・・・・・ただ、焦がれていたから―――いつか会えることに。

アル君はまた来てくれた!あたしは嬉しかった!姿を見ることも、この姿でいることも!」

 

「この・・・姿?」

あっ、と顔を赤らめて、彼女は口を塞ぎこんで。

「あ・・・っ―――バレ、ちゃった・・あは、は、は。もう、消えるしかないのかな。」

「ちょっ・・・ちょっと待ってよ!話が、わからないよ・・・」

困惑する。それ以上に悲しい。なんだろう、この気持ちは。

「消える、って何でファリーが消えなくちゃいけないの・・僕が君の想いを否定したから?」

「ちが・・・う。私は、風だから・・・風だから。

だから知ってるの。アル君とお兄さんが人体練成をしたことも、何もかも、全部」

「なん・・・・で」

二人の声がどんどん小さくなっていく。風に流されて、つぶやきはかき消される。

「知れば知るほど興味は沸いて、惹かれていったの。だけど私は何も出来なかった。

それは当たり前で、私はこの世界を流れる風だったから」

「意味がわからないよ・・・」

受け入れたくない言葉だった。わかりたくない。

「だけど、誰かがこの小さな願いを叶えてくれたの―――気持ちを伝えられる、

この生身の身体を。」

「わざわざ人間の姿をしていなくても、気持ちを伝える事はできるよっ!」

「私はできなかったの!だって風は言葉なんて持たないんだから!」

ざーっ!

その声に呼応するかのように突風が沸いて、辺りをざわめかした。

それは―――彼女の叫びなのか。

 

「だけどね、この身体をもらった瞬間、私は悟ったの。私が・・・人間じゃないってバレたら、

この身体はなくなるって―――」

 

静かな声だった。―――さらさらさらと、何かが滑り落ちるような音がしていた。

怖くて、ファリーの足元なんて見れなかった。

「まって・・・お願い、まって・・消えちゃいやだよ・・・」

「アル君は優しいよ・・・私がこんな風になってもそんな風に言ってくれるもの・・」

「違う、そんなんじゃないんだ・・好きって言ってもらえて僕は、嬉しいんだ・・」

 

矛盾した想いの正体。

「僕は・・・僕は!昨日の今日だけれど!

それでも―――それでも、ファリーが好きになってたんだ!

だから、消えちゃ、嫌だよ!」

「あ・・・っ・・・?///

驚いた顔から―――泣き笑いになって。

「ありがとう・・・・・・・でも私は消える・・・・ごめんね・・・アル君・・

 

―――でも大丈夫だよ、風ってね、何処にでも傍にいる存在だから」

(好きだから、傍にいるからね、お兄さんと一緒にアル君の傍に―――)

 

口元を押さえる両手も、すぐにさらさらと滑り落ちて―――笑顔の残骸が、影送りの様に、

それは僕の前から消えた。

「あ・・・」

 

こんな(よろ)身体()だけど、抱きしめたかった。

―――人間に戻っていたら、風の少女を抱きしめられただろうか。

 

そんな事を思いながら、僕は黙って、空を見上げた。

 

冷たいはずの(からだ)は、何故か少しだけ温かみを感じていた。